《11》整音の理念

 ここで私の整音に対する考えを紹介しよう。「整音」とは、イメージした音像に実際の音を近付ける為の

作業であり、個々のハンマーフェルトの硬度分布の違いにより方法がそれぞれ違ってくるのは当然である。

従ってA社の方法はどうだ、B社の方法はどうだとか色々と耳にするが私にとってはあまり意味の無いこと

である。そのメーカーの設計からくる音作りのポリシーと香りの種類、「F」が解ればおのずとそのメーカ

ーに適した理想的な音像が浮かんでくるからである。それを音色として具現化すればよいのだ。

 同じメーカーのものであっても機種によってハンマーフェルトの質も硬化材の使われかたも全く違う。従

って一義的な方法のみを「これが正しい方法です」「これが我が社のやり方です」と言って第三者に講義を

すると言うことは極めて危険な行為であり、私は大変疑問に思う。本来ピアノメーカーというのは自社ブラ

ンド総ての機種に対して同じ香りと同じ音像を求めているはずである。同じ音像を求めるがゆえに整音の方

法が一台ごとに、厳密には一音ごとに違ってくるのが本来の姿であるべきで、この目的を達成する為にこそ

様々なテクニックが必要なのである。同じ音像を求めつつ、アップライトとグランドの違い、またソロ用か

ピアノコンチェルト用かで音色要素の値を低音部から高音部に至るまでどのようになめらかに変化させてい

くかと言う事が重要なのである。ここで整音作業の結果に対する必要条件でしかも十分条件を述べておこう。

@ 各ピアノメーカーの持ち味を充分に生かした音像を作り出すこと。

A 作った音が長持ちすること。

B ハンマーフェルトの組織を崩さないこと。

C 芳香成分と質感は失われ易いので先端の処理に際しては細心の注意を払うこと。とくに硬化材を使用す

  る場合はニトロセルロース系のものは絶対に避けること。また適切な硬化材を使用する場合でも濃度の

  ごく薄いものを重ね塗りしながら時間をかけて音を少しずつ変化させる事。

D 先端は絶対に針を刺さないこと。

 以上の五点が確実に満足されていれば整音の方法にいわゆる「邪道」 と言うものは一切ない、と考える。こ

れを出発点に具体的な方法とノウハウを積み重ねていくのである。具体的方法については人によって千差万

別であるが結果として@からDまでの項目が完全に満足されていれば如何なる方法を用いてもよく、美しい

響きを求めて試行錯誤することは大いに結構な事である。ここで言う「邪道」とは結果が良くない事を知り

つつ行う行為である。自分がやろうとしている方法が邪道であるかないか不明な場合はまずやってみて気長

に結果を待つ事である。充分弾き込んでみて全く問題が無ければその方法は邪道ではない。試行錯誤の結果、

より合理的かつ技巧的な方法を見いだし、それが邪道でなければ自分の技術として採用すべきである。

                                            以  上

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