オーディオマニアの為のピアノ楽入門 その5
弦の張り方についての説明(その一) 前回は弦の太さと長さと倍音の関係を説明致しましたが今回はピアノの弦の張り方についてご説明致しま す。「張り方」と言いましたがここでは工場に於ける「弦を張る為の方法」ではなく、設計から来る「弦の 振動のさせ方の違い」と解釈して下さい。そんなに色々な弦の張り方があるのかと思われるでしょうが以下 に代表的な弦の張り方を揚げて見ました。これらの方法は楽音に寄与する倍音の出し方の「色々な工夫」と 言っても良いと思います。 これらの色々な方法は言い換えれば「弦振動をどのような方法でうまく独自の音色として反映させるか」 と言う事でしょう。世界の数多くの「名器」と言われるピアノメーカーは1800年代の創業当時から現在 に至るまで「独自の弦振動のさせ方」と言う物を持っており、各メーカーはその弦振動の方式の違いによっ て「響きの個性」とか「香りの違い」を素晴らしい個性として明確に打ち出しております。これらの方法が そのピアノの音色なり響き方に依存する度合いは何パーセント程度であるかと言う事は明確には判りません が音色を聴いただけで概ね方式の区別の判断は付きます。以下グランドピアノについてご説明致します。 弦を鉄骨に引っ掛ける為の所謂ヒッチピン側の工夫として(駒とヒッチピンの間) 一、一体式サプリメンタルブリッジを使用したアリコート方式 二、独立型サプリメンタルブリッジを使用した独立アリコート方式 三、サプリメンタルブリッジを使用せず単なる金属バーによるアリコート方式 四、サプリメンタルブリッジ、金属バー等を一切使用しないでフェルトを用い、余計な弦振動をすべて止音 してしまう方式
特殊な弦の張り方として
五、通常は中音部から最高音部にかけては一つの音に対し3本の弦が張ってありますが、ハンマーヘッドで
叩かない第4本目の弦が張ってあるアリコート方式によるもの
(ドイツ、ライプチヒ製のブリュートナーの大型機種)
六、共鳴をさせる為の工夫として稀にではありますがハンマーヘッドで叩かない弦、第89番目、ドのシャ
ープの弦が張ってあるものがあります。
七、キーも立派についていて実際に音も出る 97 鍵盤のベーゼンドルファーインペリアルは低音部に9本も
の余分な弦が張ってあります。余分と言いましたが音の響きに対しては決して余分なものではなく、
この弦が張ってある事によって極めて豊な高次倍音が出て来ます。最低音などは「ドドドド・・・」と
言う音の高さではなく一秒間に十数回の振動の刻みが腹に伝わってきます。インペリアルモデルは其れ
は其れは圧巻ですよ。興味のある方は是非実際にご覧になられることを勧め致します。
以下、これらの弦の張り方についてそれぞれの特徴をご説明します。
一、サプリメンタルブリッジについて(写真1参照)
写真1に示した駒とヒッチピンの間にあり、鉄骨部分に貼り付けてある階段状をした第二のブリッジをサプ
リメンタルブリッジと言います。弦はこのブリッジを通過する事によって高次の倍音を直接鉄骨に伝えます。
ハンマーによって叩かれた弦は駒を伝わってこのブリッジと駒の間でも振動をします。この部分は基音のオ
クターブ上の4度もしくは5度の高さ、あるいは場所によっては2オクターブ上の高さになるように設計さ
れております。実際にはピッチが完全に合っている事はありませんが大体合っております。このアリコート
ブリッジを装着させる事によって音の響きが何かエコーを掛けたような共鳴をし、華麗かつ遠くへ音が飛ぶ
効果を生みます。
この設計の代表格としてスタィンウェーをあげる事が出来ます。たった今大体合っていて完全には合って
いませんと言いましたが、完全に合っている場合には音の響き、音の飛び方がまるで違ってきます。スタィ
ンウェーの場合、敢えて完全に合わせていない方法で音色を作っているのだと言う意見もありますし、いや
一枚の階段状の金属板で完全に合わせるのは不可能であり、あくまでも設計段階では合っていると言うのが
前提になっているはずだと言う意見もあります。しかしスタィンウェー以外の他社メーカーの中には形だけ
はサプリメンタルブリッヂを装着しているものの、全く音の高さの合っていない物もあります。このような
ピアノは何の為に装着したのか私には判りません。しかし高さは合っていなくても音の質というものが変化
している事ははっきりと判ります。
(写真1) Bosendolfer Imperial Flugel
二、独立アリコート方式について(写真2参照)
一体式サプリメンタルブリッジを用いたアリコート方式に対し、音の高さを完全に合わせる為にもう一段
階進化したアリコート形式があります。サプリメンタルブリッジを一つ一つのキーに対し独立させ、共鳴音
の高さを設計通り完璧に合わせる、というのが独立アリコート方式です。この方式の最大の特徴は豊な音の
伸びと美しい高次倍音の響きにあります。この方式の代表格がイタリアが誇る世界的名器、「ファツィオリ
」と言うピアノです。このピアノは極めて明るい音色で素晴らしい高次倍音を伴った余韻と、言葉では表現
し難い華麗な貴婦人のような独特の雰囲気を持っております。いかにもイタリア人が作ったイタリアらしい
響きと言っても良いとおもいます。この素晴らしい音色は独立アリコート方式ならではの響きと言っても過
言ではありません。アメリカの古い歴史を持った名器、「チッカリング」もこの方式をかなり以前から採用
しております。
FAZIOLI F308型 Full Concert Grand (このピアノはペダルが4本あります)
(写真2) FAZIOLI F308 Full Concert Grand
ベートーヴェンの「月光ソナタ」を演奏中の FAZIOLI氏
調律師、濱田光久氏の独立アリコートシステムについて
私が尊敬している多数の友人の中の一人に「濱田光久」という方が居られる。彼は国内最高峰の技術を持
ち合わせたコンサートチューナーで私の仕事上でのよき相談者でもあられる。彼のピアノ技術に関する研究
は多岐に及んでいるが、その中の一つに「グランドピアノの独立アリコートシステムへの改造」というのが
ある。私も拝読させて頂いたが素晴らしい論文で独立アリコートシステムの仕組みを平易にしかも的確にそ
の内容を音響学的見地から説明をしておられる。彼の独立アリコートシステムに改造したグランドピアノの
音色を聴いてその素晴らしいピアノの響きに度肝を抜かれた事がある。国産品、海外品を問わず改造された
その豊な響きには離れがたい芳香と音楽的快楽が漂っていた。
国産品を現在使用しているが出来れば海外の名器に買い替えたいと考えておられる方はその前に是非とも
独立アリコート方式に改造される事をお勧めする次第である。買い替えの気持ちがなくなってしまう事請け
合いだ。それなら私の家のグランドも独立アリコート方式に改造してみようとお考えになられる方は是非ご
一報頂きたい。「金属バーによるアリコートシステム」「フェルトによる止音方式」「ブリュートナーピア
ノのアリコートシステム」に付いては次回ご説明申し上げます。