オーディオマニアの為のピアノ楽入門 その22

今回はスタィンウェーのグランドピアノに用いられているアクションブラケットの形状とその機能に

ついてご説明いたします。前回「木製仕様」と「アルミ仕様」の長所だけをとり、その独特の吟味さ

れた素晴らしい形状のブラケット、レール一体式スタィンウェーアクションの秘密についてご紹介申

し上げます、と申し上げましたが、実は「アルミ仕様」ではなくスタィンウェーの場合は昔から「真

鍮仕様」です。

スタインウェーピアノのグランドピアノアクションのブラケットに装着されているレール類は全てブ

ラケットとレールが溶接された一体式です。具体的にはハンマーヘッド取り付け用、ウィッペン取り

付け用、レギュレ-チングボタン取り付け用レール、などです。ニューヨークスタィンウェーの場合に

はソステヌート用のレールもブラケットと一体式になっております。スタィンウェーの真鍮製レール

は中が空洞になっており、その空洞部分に空洞部分と同じ形をした木製の○棒が埋め込まれておりま

す。写真(1)

 

        写真1(スタィンウェーグランドアクション)

木を埋め込んだあとその木に穴をあける事によって部品類の取り付けは全て木ネジとなります。こう

することによってアルミレールのような「ボルト締め」と云うことはなくなります。ハンマーヘッド

の取付けに際してはレールに薄手のクロスを貼り付け、その上からハンマーフレンジを取り付けます。

フレンジは真鍮の形状にピタリと嵌るように作られております。(写真2)

 

      写真2(スタィンウェーグランドピアノのハンマーフレンジ)

このような構造にすることによってどのような利点があるのでしょうか。箇条書きでご説明しましょ

う。

1 レール類をブラケットに溶接する事で経年変化による取付け寸法の狂いを最小限に押える事が出来、

 どのような継続的使用によっても木製レールのようなタッチの狂いは生じません。

2 レールを真鍮にすることによってレール類の捩れ、撓み、割れ、などを防ぐ事が出来ます。

3 レール類を中空にし、木のレールを中空部分に埋め込む事によって木ネジを使用することが出来、

 長年の使用に際しても埋め木が可能な為、いくらでも修理可能となります。

4 中空部分の木を取り替えるだけで全く新しいレールになってしまったも同然です。

5 真鍮によるブラケットとレール類の一体式構造によってしっかりとした確実なタッチが得られます。

それではハンマーヘッドを取り付ける部分に薄手のクロスが一枚貼ってあるのは何故でしょうか。こ

れは私の推測でありますが、幾つかの理由があります。

 @ハンマーフレンジを直接取り付けてしまうと少々ネジが緩んだだけでもすぐフレンジがグラグラ

  になってしまい、ハンマーヘッドの弦当りがたちどころにずれてしまいます。このクロスを入れ

  ることによってハンマーヘッドの左右のブレを防いでおります。

 A真鍮のレールに直接ハンマーヘッドフレンジを取り付けてしまうとピアノを弾いた時、タッチが

  とても硬くなります。鍵盤を通して指に打弦時の衝撃が伝わってきてしまいます。クロスを入れ

  ることにより、しっとりとしたタッチを得ています。

 Bクロスを入れることによりノイズィーな響きを押えます。この効果は僅かなものですが、クロス

  を入れたときと取り外した時では音色の違いが確かにあります。クロスを入れることによって金

  属的に響く耳障りな倍音振動を防いでいる、と言うことです。

どうですか。スタィンウェーのグランドピアノアクションは心憎いほどの配慮が施されていると思い

ませんか。目に見えない部分でこれほどの配慮が成されているピアノは外にはなく、スタィンウェー

ピアノの設計思想の素晴らしさをここでも十分検証することが出来ます。音色に対する配慮だけでな

く、何十年というスパンの経時変化をも抑える設計、しかもタッチに対する配慮もちゃんとされてい

る、、、スタィンウェーピアノの凄さの所以と言うのはその音色、響きだけではなく、所謂「微塵の

隙も無い設計、抜群の堅牢性」、これらをすべて兼ね備えたピアノであるから、と言うことがお解り

頂けた事と思います。

アクションのまとめ

今までアクションについて色々と説明してまいりましたが要はアクションというのは鍵盤を押してか

らハンマーヘッドが弦を叩くまでのテコの原理による打弦メカニズムであります。いかに確実に狂い

なく、また素早くピアニストが意図した音色、響きを正確に音色、響きに反映させるか、ということ

がアクションの良し悪しを決定づける大きな部分です。

これらの正確な変換機能を追求する為に何百年も掛けていろいろなアクションが考案され、各社独自

の最良と思われる方法とメカニズムを取り入れつつ少しづつ発達してまいりました。グランドピアノ

のメカニズムにおいて、エラールが発明致しましたレピテーションレバー採用のダブルアクションと

言うメカニズムは画期的なもので素早い連続打弦を可能にしました。このアクションメカニズムは一

秒間に十一回の打弦が可能、と言われております。このアクションが発明された後、一部のメーカー

をのぞき全世界のピアノメーカーは、このアクションメカニズムを採用する事になりました。

現在、全世界のピアノメーカーがこのアクションメカニズムを採用しており、これ以上の優れたメカ

ニズムは未だに発明されておりません。各社少しずつ部品の寸法も違い、形状も少し違いますが大き

な機構の違い、というのはありません。同じアクションメカニズムといっても小さなベビーグランド

とフルコンサートグランドでは鍵盤の長さ、つまりシーソーの支点から鍵盤先端部までの長さが違う

のでタッチは決定的にフルコンサートグランドの方が優れております。鍵盤の短い物はキーを押した

時に鍵盤がぺコンとお辞儀をしたようでとても弾きにくく、しかも奥へ行くほど重くなってしまいま

す。これらの事は改善のし様がありません。

われわれ調律師が行う通常の管理事項について

我々調律師がピアニスト、ピアノ教師、もしくは一般の趣味で弾いておられるお客様のお宅へお邪魔

し、ピアノの調整をする場合、一般的には調律以外にどのような作業をするのでしょうか。ごく一般

的な調整個所を挙げておきましょう。またこれらの調整をする事によって何が変化するのかをご説明

しておきましょう。読者のなかでピアノをお弾きになられる方が居られましたら以下に挙げることは

しっかりと頭に入れておいて下さいね。そして自分の好きなタッチと音色にして頂くべく調律師さん

に要望してください。音色とタッチが劇的に変化する項目を挙げておきます。

1 レギュレ-チング調整(レットオフ調整)

 ハンマーヘッドがどこまで弦に接近するかどうかの調整。ピアノを買った時、すなわち工場出荷の

 際には各社違いますが、大体低音部で4ミリ前後、中音部で3ミリ前後、高音部で2ミリ程度が標準的

 といってもよいでしょう。接近距離を短くするとダイナミックレンジが大きくなり、ピアニシモと

 フォルテの幅が広がります。また立ち上がりがクリアーになります。ドイツのメーカーなどはグラ

 ンドピアノの場合1ミリから2ミリ程度で出荷しているところもあります。確かに接近させるとピア

 ニストは喜びますがこのタッチはいい加減なピアニシモで打鍵してしまうと「二度鳴り」と言って

 一回しか叩いていないのに二回音が出てしまうことがあります。しかし確実な演奏技術を持ったピ

 アニストはこのタッチ調整で素晴らしい音楽を奏でます。二度鳴り現象はアップライトピアノでも

 同様のことが言えます。逆に接近距離が遠い場合、フォルテで叩いても全くフォルテの音量と音色

 が出てくれませんので弾いていてもつまらないピアノに感じられます。

2 キャプスタン調整(アップライト)

 鍵盤奥に装着されている部品でこの高さ調整がずれていると正常な「働き」が出てきません。この

 結果ピアニッシモで弾いた時二度鳴りしたり、鍵盤をゆっくり離したときにジャック、つまり突き

 上げ棒が元の状態に戻る事が出来ず次の音が出なくなってしまいます。よく弾く鍵盤の中央部分か

 ら低音部、次高音部にかけては必ずずれてきますのでこの調整は調律の度に必ずやってもらいまし

 ょう。キャプスタンが少々下がってガタが出ている場合にはタッチが正常よりも軽く感じます。正

 常に調整しますと少し重くなったような感じがします。しかしタッチはしっかりしてきます。

3 キー整調

 鍵盤のバランスピンとフロントピン部分で異常な摩擦が生じていないなどうかの点検、および調整

 です。バランスピン、フロントピンどちらか一方でも摩擦が生じている場合には鍵盤の戻りが鈍く

 なります。極端な場合にはキーが戻らなくなってしまいます。夏場の湿度が高い時期によくこの症

 状が現れます。この調整がバラバラですとタッチも重い物、戻りの鈍い物、鍵盤がグラグラ傾いたり

 左右にガタが出てきます。この部分のクロス(バランスブシングクロス、フロントブシングクロス)

 は消耗品と考えてください。毛足の無くなった物はがたがたのひどいタッチになってしまいますの

 で、少しでもぐらついてきたなと感じたら張り替えをお勧めします。

4 キーの高さ、および深さ調整

 物差しをキーの上に置いて左右に滑らせて見てください。よく観察しますと高すぎる鍵盤、低すぎ

 る鍵盤を数多く見つけることが出来ます。まず白鍵を一線にそろえます。一線に揃っている場合に

 は横から見ると完全な平面として見る事が出来ます。その後に黒鍵の高さを揃えます。半音階を弾

 く場合を考え、前後の白鍵に対し、黒鍵の先端部分で12ミリの高さをとります。その後白鍵の深さ

 を国際基準の10ミリに整えます。10ミリといってもピアノ1台1台少しずつ理想の深さと言う物があ

 り10ミリ前後、と言ったほうが良いかも知れません。1800年代の物の中には6ミリから7ミリという

 のもあります。工場の出荷の寸法は絶対的な寸法ではなく、好みによって浅め、深めに変更も可能

 です。勿論変更した場合には「働き」がずれてしまいますのでそれなりの処置を施す必要がありま

 す。長年弾いていると必ず高さ、深さがバラついてきますので調整してもらう時に色々と実験をし

 てもらい、自分の最も弾きやすい深さに再調整してもらうのもよいと思います。

5 ハンマーヘッドの点検、調整(この調整は極めて重要な項目ですので必ず調整してもらいましょう。)

@ ハンマーヘッドの弦当り調整

 この調整は極めて大切な事で、三弦がハンマーヘッドの丁度真中で打弦しているかどうか、の調整

 です。極端にずれていることもあり、ひどい場合には三弦のうち二弦しか当っていない場合もあり

 ます。このような状態は極端な場合ですが、調整を怠っているピアノの殆どはこの症状が出ており

 ます。グランドピアノの場合は三弦の真中の場合とそうでない調整方法がありますのでその辺は調

 律師さんと相談し、どうするか決めるのがよいでしょう。私の場合は真中に調整しております。た

 だハンマーヘッドが磨り減っている場合にはこの調整が出来ませんので必ずハンマー整形をし、弦

 の跡を削り取ってから行います。

A ハンマー整形

 この作業は調整ではありませんが、ハンマーヘッドが磨り減ったまま弦を面で叩いてしまっている

 場合には少々作業工賃がかかりますが必ず削り直してください。磨り減ったままの状態ではいかな

 る調整をやっても音色は決して良くなりません。アマチュアの方の中にはピアノを買ったらただ定

 期的に調律をすればよいと思っていらっしゃる方が大勢居られます。しかしハンマーヘッドはフェ

 ルトと鋼鉄弦がいつもいつも勢いよくぶつかる所、ハンマーヘッドは必ず磨り減ってきます。数回

 の整形後にはハンマーヘッドそのものを取り替えなくてはなりません。磨り減ったハンマーヘッド

 は音の伸びが無く、詰まったような無機質な響きです。整形をしますと生き生きとした音色と音の

 伸び、美しい高次倍音が出てきます。

B ハンマーシャンクのセンターピン点検

 音が出なくなってしまう大きな原因の一つとしてハンマーシャンクのセンターピンの動きに異常が

 ある場合です。この場合の異常は硬くなってしまった場合です。その結果、ハンマーの戻りが悪く

 なってしまい、ついには音が出なくなってしまいます。このような症状が多数出ている場合にはセ

 ンターピンがほぼ全て硬くなっている場合が多いので、調律師さんにセンターピンの全交換をやっ

 てもらいましょう。交換後はまるで違うピアノを弾いているようなタッチに変身致します。取り替

 えた後は敏捷性がよく指が鍵盤に吸い付くような素晴らしいタッチに変身致します。

紙面がありませんのでこの続きは次回に致します。

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