オーディオマニアの為のピアノ楽入門 その23


前回の続き、としての説明をおこないます。あまり詳しく説明しますとまるで勉強中の調律師のため

の教科書のようになってしまいますので適当なところで止めておきます。もっと詳しく、と言うこと

であればそれなりの専門書を読んで下さい。読者の皆様はオーディオに大変ご興味があり、音色につ

いてはとても敏感です。それだけに音色に深くかかわっている部分についてはピアノの世界ではこん

な事もあるのだよ、という意味も込めて、詳しく書かなくてはならない部分はあえて詳しく書きます。

アクションのまとめ(2)

6 ドロップスクリュー調整(グランド)

ドロップスクリューというのは鍵盤を押し、ウィッペンが上がってきた時、レピテーションレバーを

どのポイントで止め、どのポイントでジャックの突き上げを行うか、そのポイントの位地を決定させ

るためのスクリューです。

このドロップスクリュー調整はなかなか面倒なもので、特に中古のグランドピアノの場合にはジャッ

クのとの接触部分、つまりローラーの形状でココというポイントを決定するにはかなりの熟練を要し

ます。新品のピアノの場合、各メーカーによって調整方法が異なり、またその位地もメーカーによっ

て少しずつ違います。理想的な調整が成されている場合にはアフタータッチの抜けがとても良く、ピ

アニシモのコントロールが容易になります。とても不思議な現象ですが適正位地に調整されたピアノ

の音色は大変品位のあるものです。この調整ポイントが上に、つまりスクリューが上がりすぎている

場合には音像がボケてきます。極端に上がってしまっている場合にはグランドとしての機能を果たし

ません。つまりレピテーションレバーの機能を果たさなくなってしまう、と言うことです。逆にスク

リューが下がりすぎている場合にはタッチにゴツゴツ感が出てきます。音色は極めて下品な響きに変

化して行きます。このスクリューの位地が少しでもバラ付いているとタッチ、それに伴い音色が大幅

にバラついてしまいますので整音の前には十分弾き込んでは調整し、同じことを繰り返しながら徐々

に精度を上げていきます。「弾き込んでは調整する」という作業はこのドロップスクリュー調整だけ

ではなく、全ての調整部分について必要な作業であります。

7 キーブシングクロスの点検

キーブシングクロスはフロント側とバランス側に入っております。写真は以前示した通りです。フロ

ント側がすり減ってくると左右にぐらつきが、またバランス側が減ってきますと左右に傾きが出てき

ます。このようになってしまったピアノのタッチは古いガタガタのピアノを弾いているようでとても

いやなものです。そのまま放っておくとますますひどくなり、しまいには木部がやられてしまいます

ので調律時に交換する必要があるかどうか見てもらってください。

8 スプリング関係の点検

スプリングも確実に劣化し、反発力がなくなってきます。いくら調整してもすぐ調整が狂ってしまい、

良いタッチを保つ事が出来なくなります。アップライトピアノのハンマー部分のバットスプリングな

どは劣化した物が数多くみうけられます。ひどい物は折れてしまっております。もし一本でも折れて

いるようでしたら全てを交換してください。殆どのスプリングが駄目になっておりますから。

9 ダンパーの止音、および総上げ点検

止音不良もピアノを弾いていて気になるものです。調律の際には必ず点検、修理をしてもらいましょ

う。また以前にもご説明致しましたがペダルを踏んだまま音を全体に出してみてペダルを少しずつ離

します。バラバラと音が止まってくるようでしたら総上げは全く出来ておりませんのでこれも調整し

てもらいましょう。

10 ダンパーガイドレールの位地調整(グランド)

これは意外と見落とされるところですがこのレールの位地がずれていますと極めて不快なタッチにな

ってしまいます。このレールはダンパーヘッドを必要以上に上げない為のダンパーブロックのオーバ

ーストローク制止の為のレールです。下がりすぎている場合にはお話しにならない程ひどいタッチに

なってしまいます。自由に鍵盤が下がらなくなり粘々した重苦しいタッチになってしまいます。逆に

上がりすぎているとキーを叩いた時、必要以上にダンパーが跳ね上がり、その後下がってくる時にキ

ーのうしろに当り、衝撃がもろに手に伝わってまいります。この状態ではゴツゴツ感があり、とても

重く感じられます。

11 弱音ペダルのストローク調整(グランド)

この調整についても以前に述べましたがハンマーヘッドの取付け調整位置が弦の中央の場合と少し右

に寄せる場合があり、それぞれの会社で異なっております。どのポイントにするのかは調律師さんが

心得ておりますが敢えて中央か、右に寄せるかは特にお互いに異論がなければ出荷されてきた当時の

調整に従っても構わないと思います。ただストロークがずれておりますと思うような効果が出てきま

せんのでその辺はしっかりと診てもらいましょう。

12 ペダルのぐらつき点検、および突き上げ棒の位地調整

アップライトの場合には古い物になりますと意外と左右にぐらつく物が多く、原因としては取り付け

用の木ネジが緩んでいる場合、心棒を受けるブシングクロスの磨耗、それとたまに心棒そのものがペ

ダルとの密着度が悪かったり、磨耗していたりしてぐらついている場合があります。またペダル廻り

のクロス、フェルト類の磨耗もぺダリングをする上で大切な役割を果たしておりますのでこの辺もよ

く診て貰いましょう。

13 ピアノ本体、およびアクションのネジ締め作業

この作業は少々お金がかかっても調律時にはかならず点検を依頼し、同じ部品は同じトルクで締めて

貰って下さい。鍵盤枠の取付けネジについても同様です。何年かに一度ピアノの裏の駒の補強用のネ

ジも締めて貰って下さい。ネジが緩んでいると音色はボケてきますしタッチも抜けが良くありません。

またネジの締め付けトルクがバラバラですと音色もタッチもバラバラになってしまいます。

14 ノイズの点検および、除去作業

ノイズの問題は大変難しく、もし出ている場合には調律師さんに徹底的に調べてもらってください。

面白い事に整音、整調をしたとたんに色々なノイズが出てくる場合があります。今までひびいていな

かったガラス窓サッシ、戸棚、照明器具などからノイズが聞こえてきます。これはピアノの響きが良

くなった証拠ですので心配は無用です。ピアノ本体から出ているノイズはそれこそ種種雑多で数多く

の原因があります。これらのノイズは時間がかかっても徹底的に原因を調査してもらう事です。意外

と掃除機で綺麗に中のゴミを除去することにより直ってしまう事もあるのですよ。

私がまだ駆け出しの調律師の頃、ノイズが出ているので直して欲しいとの連絡を受け、二時間以上も

かけて遠くのお客様宅へ行った事がありました。ピアノの上下の蓋を開けて色々とチェックをしても

なかなか原因が掴めません。一時間程ノイズと格闘したでしょうか、あらゆる部分を点検したつもり

でした。お客様はその様をじっと監視しておりました。最後の点検個所です、止むなく私はピアノを

引っ張り出して後ろの響板を調べてみました。下を覗くと一本の短い鉛筆がピアノの下に転がってお

り、除去してみると嘘のようにピタリとノイズが止まりました。私はいざお金を頂く時になって「修

理、と言っても鉛筆をどけただけ、しかもお客様はそれを知っている」。この場合「大変な時間を要

したし、遠くから来ているし、、、」どうすればよいのかわからなくなってしまいましたが、よくよ

く考えてみると私の経験不足でこのノイズの原因がなかなか判らなかったという事に気付きました。

お客様は申し訳ながっておりましたが、私は電車賃だけ貰って帰ってきたことがあります。経験を積

むとノイズを聞いただけでその原因と場所を特定する事が出来るようになってきます。

15 バックチェック調整

バックチェックと言うのはハンマーヘッドが弦に当った後、弦から何ミリ離れたところでハンマーヘ

ッドを咥えるか、と言うことです。いとも簡単なようですが咥える距離、バックチェックとハンマー

ヘッドのテイル(グランド)の咥え角度によってタッチは大幅に変わってきます。咥えるに当って適度

なブレーキをかけて止めなくてはなりません。受け止め側に適度な「しなり」がなくてはいけません。

適度なブレーキがかかっている場合にはしっとりとしたタッチになりますが、例えば硬く、しなりの

ないもので受け止めてしまいますとゴツゴツとしたタッチになってしまい、とても弾いていられるも

のではありません。このへんも中古のピアノはバックチェックの前後左右、それにテイルの面に完全

に密着していない場合がよくありますのでバックチェック調整をする前に綿密な調整をしなくてはな

りません。

ここですこし話しが反れますが未だに何故だか理解できない事がありますので皆様も一緒に考えてみ

てください。バックチェックがハンマーヘッドを咥える弦からの距離と音色の関係についてです。国

際基準では大体16ミリと決められており、この寸法に調整すればタッチも音色も理想的とされており

ます。メーカーによって指定寸法は少々違い、15ミリと指定している会社もあります。不思議な事に

この寸法の違いによって音色が変化してきます。これと同じ現象としてダンパーヘッドの「キーを叩

いた後の弦からの距離」、総上げ、つまり「ラウドペダルを踏んだ時のダンパーヘッドの弦からの距

離」によっても音色は著しく変化します。音は弦から出ているわけではなく、響板、ボディーとピア

ノ全体から出ている筈なのに、、、私には物理学的、音響学的にみて何故音色が変化するのか未だに

わかりません。感覚的には判るのですが、、、。もっと不思議な事として鍵盤のフロントパンチング

クロスの下に敷いてあるキーの深さを調整する紙の材質の違いによっても音色の変化が僅かに認めら

れます。0.03ミリの紙一枚でです。音の世界は追求すればするほど判らない事が出て来るものなので

すね。

読者の方々はオーディオを趣味に持っておられる方なので「そういうことは音色の世界ではママある

事なので判る判る」と納得していただける方が多いのではないですか。このA&Vヴィレッジ誌のなかに

も「えっ、こんな事で音がよくなるの」と思われる記事が沢山ありますものね。「そんな事あるわけ

がないよ」と思ってもいざ実験してみると「なるほど、確かに変わった、でも何故だろう」と思うこ

とがよくあります。すぐその事実を利用した商品が売りに出されるのがこのオーディオ界の面白さで

もありますね。ピアノの世界でも音響学的に考えても判らないのにこうすると音色が良くなる、と言

うことは数多くあります。意外とこれがキャリア、経験による音作りのノウハウなのかも知れません

ね。本当に音色の世界は深いものがある、とつくづく思います。

またまた話しが反れてしまいますが、ここのところ私の愛機、20年もお世話になってきましたUV211

シングルの真空管アンプの調子が不安定でプレートが一時間ほどすると赤熱し、暴走気味になってし

まいましたので思い切って暇をみてオーバーホールする事にしました。全ての部品をバラバラにし、

一つ一つの部品が壊れていないか点検後、コンデンサーと抵抗器だけは新品に交換することにしまし

た。制作も終わり、UV211のバイアス調整、ハムバランサーの調整も済ませ、スイッチを入れてみま

すと、なんとなんと、以前聴いていた音とは全く違う音が出てきたので仰天しました。勿論素晴らし

い方へ変化しております。自宅にお見えになられた高橋和正氏は「このアンプ、前と違ってピアノの

音がより素晴らしくなったじゃないの、、、どこかか替えたの」と云われました。回路も同じである

にも拘らずコンデンサーと抵抗器を新品に換えることによりこうも違うのかとつくづく思っている今

日この頃です。

ついでに書きますがこのところ暇を見て他にも数台の真空管アンプを作りました。ロシアの真空管、

6C33Cのプッシュプル、300Bのシングル、7581Aシングルなどです。それぞれの個性があり、現在は曲

によってアンプを替えて聴いております。私は仕事をそっちのけで作っていたせいか、弟子達は私の

アンプ作りに興味しんしんで、全員が真空管アンプの虜になってしまいました。「好きな事に没頭し

ている先生はまるで別人のように生き生きしていますよ」と言われてしまい苦笑いしてしまいました。

かなり個人的な事を書いてしまいましたね。話しをもどします。

前回、今回と二回に分けてお客様のピアノを定期調律の際に行うべき管理作業を挙げてみました。ピ

アノをお持ちの皆様は調律師がお見えになられたときには自分のピアノの状態をよく聞いて修理すべ

きところ、交換すべきところは直ちにやってもらいましょう。そしてまた自分の要望を調律師に遠慮

なくお伝え下さい。こうすることによってピアノの寿命がぐんと伸びてきます。楽器に修理、管理の

費用を惜しんではいけませんよ。管理、修理費用というものは機械物である以上、必ずかかるものと

して受け止めてください。気持ち良く、いつまでも歌ってくれるピアノであって欲しい事はお客様も

調律師も同じ気持ちなのです。

次回は世界の名器について、一覧表にしてその特徴を比較してみましょう。

                                        その24へ