オーディオマニアの為のピアノ楽入門 その19

前回はハンマーヘッドがどのようにして弦に当たれば最も美しい音が出るのか、と言う事につい考察しまし

たが、今回はそのハンマーヘッドが取り付けてある腕、と言いますか、金槌で言ったら柄の部分に当たる「

シャンク」と言う部品について少し考察してみましょう。写真1、写真2にそれぞれアップライト、グランド

のシャンクを示しました。

 

        (写真1)アップライトピアノのハンマーシャンク

 

         (写真2)グランド用ハンマーシャンク

たかがシャンクについて、そんなに考察する事があるのだろうかと皆様思われるかもしれませんが、このシ

ャンクと言う部品はピアノの「音色と響き」と共に、強打されたときの「ハンマーヘッドの力学的バランス

」に大きく影響を及ぼしますのでハンマーヘッド同様、使用にあたっては「十分な吟味を必要とする部品」

と言えます。

皆様オーディオマニアでいらっしゃるので良くおわかりの事と思いますが例えばアナログプレーヤーのカー

トリッジを取り付けるアーム(ピックアップ)の事を考えてください。この部分は「再生音が変化する要素」

と言うものが無数にあると言っても過言ではありませんね。無数にあるからこそ、それぞれのメーカーが独

自の再生音を作り出す事が出来るのかもしれません。そしてそれぞれのアームは最低限の音の質と言うもの

をクリアーしていなくてはなりません。例えが適当でなかったかもしれませんが、シャンクにも美しい音の

響きと力学的バランスを得る為の最低限の条件があり、使用にあたってはそれなりの選別作業を行なわなく

てはなりません。選別作業を怠って闇雲に取り付けてしまうと音色がバラバラになってしまい、美しいピア

ノの響きは出て来ません。シャンクには幾つかの「音色に作用する要素」と言うものがあります。以下にご

説明致します。

1 材質について

まず材質による音色の変化について考察してみましょう。一般にはカバという木材が使用されます。赤いカ

バと白いカバがありますがこの違いは木材の芯に近い部分が赤く外皮に近いほうが白いためです。たまにシ

デの木とかローズウッドが用いられる事もあります。何故これらの木が用いられるのか、と言う事ですが、

音響学的には高次倍音の出方がほんの少し違いますが、音響学的な問題よりもむしろ材料力学的な考慮を主

にしているからではないかと思われます。「適度な硬度」と「適度なしなり」を要求される部分なのでシャ

ンクとして使用するには最適、と言う事なのでしょう。

現代のアツプライトピアノのシャンクの直径は約5.8ミリ程ですが1800年代のものは直径が5ミリ程しかあり

ません。当時のグランドピアノのアクションはシングルアクションと言ってアップライトピアノのメカニッ

クを真横にしたものとほぼ同じです。したがってシングルアクションに使用するシャンクはアップライトピ

アノと同じ形状をしております。「1800年代のシャンクが細い」と云う事にはそれなりの理由があります。

この時代のハンマーヘッドはとても小さく、しかも軽いものです。従ってフォルテで叩いてもさほど曲げの

衝撃がないからです。

1800年代のピアノはマホガニー材を使用したものも見られますが、マホガニー材は年月が経つと粘りがなく

なってしまい、少し曲げるとポキンと折れてしまいます。これはあくまでも私の経験からの意見であります

が、、、。

樫の木のようなあまり硬い材質を使用しますと「しなり」がないため適度なハンマーヘッドの加速度に対し、

打弦ポイントが変化しない為、音色の変化が出来ません。それとタッチがとても硬くなってしまい、しっと

りとした感触が出てきません。逆に松材のような粘りはあるが、「しなり」が多すぎるものは雷鳴のような

フォルテが出てきません。フォルテで叩いたときに折れてしまう危険性があります。

面白いシャンクの選別方法について

理想的な木材、カバ、シデを使用したシャンクの中でも使用出来るものと出来ないものがあります。シャン

クの良否の面白い選別のし方についてご説明しましょう。

我々ピアノの材料屋さんから一台分として買ってきますと二本余分に入っており、90本入っております。シ

ャンクを硬い板の上に落とすか、軽く端を持って硬い板を叩きますとシャンク自身が持っている固有振動が

音の高さとなって聞えてきます。一本一本音の高さを調べ、低く鈍い音のするものは総てハネて行きます。

鈍い音がするものを使用しますと鍵盤を叩いたとき、詰まったような小さな音が出てきます。特に最高音部

にこのようなシャンクを使用しますとカチカチとアクションノイズばかり出てきて肝心の音が聞こえて来ま

せん。

このようにして2台分のシャンクを買ってきてまず選別作業を行います。次に固有周波数別に、言い換えれば

音の高さ別に分けておきます。最も高い音のするシャンクを最低音部に使用し、次に高いものは最高音部へ、

残りのシャンクは中音部に使用致します。固有周波数の高いものは硬度が高く密度が高いのでしなり具合か

らみてハンマーヘッドの重量の重い低音部に持っていきます。次に高いものを最高音部に使用する理由は音

響学的に高い固有振動周波数を持っているシャンクの方が低い物より鳴りが良いからです。最も高いものを

最高音部に持っていきたいのですがこれを使用しますと「しなり」がないため、また音が出なくなってしま

います。これもジレンマと言うか、矛盾を抱えております。これらは厳密なシャンクの取り付け方法ですが、

駄目なものだけハネてそれ以外のものは適当に取り付けるメーカーもあれば、このように厳密な選別方法に

よって低音部から最高音部に至るまで使い分けをしているメーカーも中にはあります。

このような「製品になってしまうとまったく判らなくなってしまう緻密な作業工程」をちゃんと踏んでいる

かどうか、という所で世界的名器を作っているメーカーと所謂汎用品を造っているメーカーの違いがある、

と言っても良いでしょう。このようにして外見上はまったくわからないのですが、総ての部品につきハネら

れたものを仕入れて外見上は立派なアクションとして組みたててあるアクションを使用しているメーカーも

世界のメーカーの中には存在する、と言う事も知っておいて頂いても良いでしょう。

勿論それらのアクションを使用しているメーカーはそれなりの安い値段で販売している、と言う事です。で

すからピアノの値段というのは音色と響きを考えたとき、いたって適正な値段がついているものと思います。

2 形状による音色の変化について

形状はアップライト、グランド、写真で示した通りですが実際には最低音部から最高音部まで同じ太さの物

を使用しています。ただしグランドピアノはそうではありません。次高音部から最高音部にかけて数段階に

分けて直径が細くなります。これは「ハンマーヘッドの重量に見合った太さのものを使用する」と言う事で

す。(写真3)言い換えればハンマーヘッドの自重によって「しなり具合を整える」と言っても良いと思います。

最高音部に太く、しなりのないシャンクを取り付けますと音の出が悪く、コツコツと言うアクションノイズ

ばかり聞こえてきます。あらかじめ選別しておいたシャンクをつけても次高音から最高音部にかけて音の出

が悪い場合があります。このような場合には出てくる音量の差を聞きながらシャンクの両脇をヤスリで削り

取るか専用のケガキ工具を使ってカンナのように少しずつ細くして行きます。こうする事によって外見上の

太さはバラバラになりますがしなり具合を揃えることにより、結果音量バランスが整う、と云う事になりま

す。

 

      (写真3)上のシャンクは低音部、下のシャンクは高音部

最初にシャンクを落としたときの固有振動による選別をご説明しましたがもう一つ形状として少し曲がった

物はハネなくてはなりません。曲がったと言うより、少し湾曲したと言った方が良いかもしれません。この

ようなシャンクを使用しますとフォルテで叩いたときに重量バランスが崩れてしまい、ピアニシモとフォル

テで弦を叩く位置がずれてしまう、という不都合が生じます(特に湾曲面を左右に持っていって取り付けてし

まった場合)。

ピアニシモとフォルテで弦を叩く位置がずれてしまう原因の一つとして前回お話しましたハンマーヘッドの

重心のズレを挙げましたが、もう一つ、シャンクに問題がある場合があります。横の「ねじれ」に対する力

のばらつきから来る物です。極端な場合を考えて見ましょう。もしシャンクに割り箸を使用したとしますと

横のねじれに対する力はとても小さいのでフォルテで叩いた時にはハンマーヘッドが左右にぶれてしまいと

ても弾ける状態ではありません。

今回、シャンクについて少し詳しく述べてみました。この雑誌をお読みの皆様はピアノの技術者ではありま

せんので今回の説明は少々専門的過ぎたかもしれません。しかし敢えて詳しく述べた理由はオーディオの部

品同様、何の変哲もないような単純な形状をした部品でもピアノの音色に大きな影響を及ぼすのだ、と云う

事を知っておいて頂きたかったからなのです。

世界的名器と言うのは一つ一つの部品を厳密に選別し、我々が思いも寄らない部分で大変な人手をかけ、美

しい音色を得る為に大変な努力をしている事がお判りになられたことと思います。経験による膨大なデータ

の積み重ねと理路整然とした音響学的な分析によってボディー部分、アクション部分が設計され、それを踏

まえた上でそのメーカーの強烈な音色の個性とタッチの個性と言う物を作り出しております。そしてもう一

つ、絶対に妥協を許さない厳密な管理をされた製造工程によってのみはじめて名器というものが誕生するの

です。

世界的な名器というのは大変高価でありますが実際に工場の中に入って一つ一つの工程を見てみますと高く

て当たり前、と言う事がよく判ります。世界的名器と言うのはピアノそのものが芸術品と言っても過言では

ありません。

次回は其の他の重要な役割を果たしている部品と機能について述べてみたいと思います。

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