オーディオマニアの為のピアノ楽入門 その16

ペダルの機能について(2)

前回は左の弱音ペダルについてご説明いたしましたが今回は真中のソステヌートペダル、右端のラウドペダ

ル、またアップライトピアノのこれらの機能以外のペダル機能についてご説明いたします。

ラウドペダルについて

ラウドペダルはピアノの演奏上最も重要な役割を果たしております。ラウドペダルが一本あれば演奏テクニ

ックをもったピアニストであれば基本的には総てのピアノ曲が演奏できます。このペダルの機能は普段音を

止めている「ダンパー」という部品を一斉に弦から開放し、音を響かせる役目を果たします。このペダルが

無かったら全く曲としての感情表現が不可能と言っても過言ではありません。

「ラウドペダル」というと今ご説明しましたようにダンパーヘッドを一斉に弦から開放するペダル、という

ことを申し上げました。技術者の立場から申し上げますと、ペダルを踏んだ状態からゆっくりと戻す時、す

べての音を同時に止めるためのペダルと言った方が良いかも知れません。これがばらついていると曲の最後

の部分である音だけが残ってしまう、と言う不都合が生じます。またダンパーフェルトが古くなってくると

弦の跡がついてしまい、ビリツキ音が出てきます。

グランドピアノのダンパーヘッド(写真1)とアップライトピアノのダンパーヘッド(写真2)を示しましたので

よく見てください。

   

(写真1)グランドピアノのダンパーヘッド (写真2)アップライトピアノのダンパーヘッド

キーを押し下げた時にダンパーヘッドはラウドペダルをおさなくても押したキーにつき弦が開放されるよう

になっておりますのでキーを押しつづければ当然押したキーの音は鳴り続けます。ここでアップライトピア

ノのダンパーメカニズムとグランドピアノのダンパーメカニズムの大きな違いについてご説明しましょう。

アップライトピアノは弦が上から下へ、つまり上下に張ってありますのでダンパーヘッドを弦に密着させ、

音を止めるにはバネの助けを借りるしか方法がありません。したがいアップライトピアノではキーを押した

時に多少バネっぽい粘々した感触が伝わってまいります。バネの強さでタッチが極端に変化し、バネが強す

ぎるものは非常に不快なタッチになってしまいます。旧共産圏、共産圏のピアノはこの傾向が強く、ひどい

ものはオルガンを弾いているのではないかと思われるようなピアノもあります。当然輸入後綿密な調整をし

なくてはならないのですが量販店で販売しているもののなかには調整せずに「外国製、ヨーロッパ製」など

と詠って目玉商品として宣伝している広告をよく見かけます。

話しは戻りますが、これに対し、グランドピアノは弦が横に張ってありますのでダンパーヘッドは重力で自

然に下に下がります。低音部のヘッドは幅を広くとってあり、また鉛を埋め込んで重くしてあります。高音

部になるに従いダンパーの幅が狭くなり、また軽くなっていきます。重力で押えているのでタッチはそんな

に不快には感じません。

いまアップライトピアノはダンパーヘッドをバネで戻している、と言いましたがこれは現代の一般的なアク

ションの場合で、百年ほど前のアップライトのダンパーアクションのなかにはオーバーダンパーメカニズム

というものがあります。「オーバーダンパー」の言葉どおりダンパーメカニズムがアクションの回りを取り

囲むように出来ており、ダンパーヘッドがハンマーヘッドの上に位置しております。このメカニズムのピア

ノは最近では殆ど見る事がありません。正面から見るとワイヤーが上から下までずらっと70本ばかり縦に並

んでおります。(写真3)見方によっては鳥籠の様にも見えるので日本では俗称「鳥かごピアノ」とも云われて

おります。このダンパーメカニズムはバネを一切使用せず錘の力で弦を押えます。このピアノのダンパーヘ

ッドの位置は弦のかなり上部に位置しており、音の止まりはあまり良くなく、ふわっと音が残ります。しか

しこの音の止まり方は決して不自然なものではなく、昔のグランドピアノも同じような止まり方をしますの

でこれが自然の止まり方だったものと思われます。このような音の止まり方に慣れてきますとむしろ現代の

ピアノは冷たさを感じてしまう事があります。

 

      (写真3) オーバダンパーピアノ 俗称 鳥かごピアノ

面白い事に1800年代のグランドピアノのなかにはアップライトピアノのダンパーメカニズムと同じものもあ

ります。弦の下から上へバネで止める方式です。私が所有致しております1864年製のイギリス、ブロードウ

ッド社製フルコンサートグランドがこの方式を採用しております。アクションを引き出し、ダンパーアクシ

ョンを覗いて見ますとダンパーヘッドが下から上へと一生懸命にへばりついており、なんともユーモラスな

格好をしております。

ダンパーヘッドの取り付け位置について

グランドピアノでは余り見かけませんがアップライトピアノを調律していて時々おかしなことに遭遇する事

があります。音の止まりが悪く、いくらダンパーヘッドを手で押し付けてもオクターブ上の五度、四度で鳴

ってしまいます。この手のピアノは三流のピアノにしばしば見受けられます。これらの原因はダンパーの取

り付け位置不良でもともとの設計不良から起こってきます。弦振動の丁度節の部分にダンパーヘッドの中心

が位置している場合、いくら手で押えても振動が残ってしまいます。このような現象を防ぐ為に一般的には

低音部の弦については幅の広いヘッドを使用します。もっと作りの確りしているピアノは補助ダンパーと言

って低音部総てにヘッドの端からワイヤーで小さな第二のダンパーヘッドを固定し、装着してあるものがあ

ります。なかにはもっと万全なる止音機構をもったものもあります。私が所有致しております1905年製グロ

トリアン社のアップライトピアノです。踏み台を使用しないと調律が出来ないような巨大なもので弦も当然

長いものです。このピアノのダンパーメカニズムは現在のアンダーダンパーメカニズムにオーバーダンパー

メカニズムを併用したものです。アクションメカニズムを見ているだけでまるで芸術作品を見ているような

荘厳な雰囲気が漂ってきます。

ダンパーの始動開始について

皆様アマチュアの方々なので「ダンパーの始動開始」と云ってもなんのことやらお解りにならない事とおも

います。この「ダンパーの始動開始」というのは鍵盤を抑えた時どの位の深さまで来た時にダンパーヘッド

が弦から離れ始めるか、ということを指します。我々技術者の間ではハンマーヘッドが定位置からどの位の

距離に弦に接近した時にヘッドが上がり始めるのか、と言うことです。このタイミングというのは音楽表現

上とても大切な事です。「ダンパーの始動開始時期」がばらついていますとどんなに素晴らしいピアニスト

が演奏しても出てきた曲は聴けたものではありません。

現代のピアノはアップライトピアノ、グランドピアノ共に打弦距離は45ミリから48ミリ程度に設計されてお

り、ダンパーの始動開始時期は打弦距離が半分になった時、とされております。これが全体にずれていると

どのような現象が出てくるのでしょうか。

始動開始が遅すぎる場合

鍵盤を叩いた後、ゆっくりあげてきた時に少し上げただけで音が止まってしまいます。このような状態です

と普通に音階を弾いた時、音の止まりが早い為スタッカート奏法のようにぷつぷつと音が切れてしまい、滑

らかな音の流れが阻害されてしまいます。言い換えればレガート奏法が出来なくなってしまう、と言うこと

です。もう一つの弊害として、音色がとても暗くなり、響きが鈍くなったように感じます。音響学的に考え

るととても不思議な現象なのですが、誰が聞いても判る程の変化を感じます。

始動開始が早すぎる場合

鍵盤を叩いた後、ゆっくりあげてきた時に相当上に上げないと音が止まりません。このような状態ですと普

通に音階を弾いた時、音の止まりが遅い為、直前の音が残ってしまいます。またバネの感触がもろに鍵盤に

伝わってくる為大変不快なタッチになってしまいます。

演奏上のぺダリング技術についてはまた別の機会にご説明するつもりです。

ソステヌートペダルについて

最近のグランドピアノは全ての機種にと言ってよいほど三本ペダルが標準装備されております。真中のペダ

ルがソステヌートペダルと言って面白い機能を備えております。ある鍵盤を押した後ソステヌートペダルを

踏み込みますとその音だけがキーを戻してもダンパーヘッドが上がったままになり、その音だけを響かせつ

づける事が出来ます。このペダルはあまり使用することはなく、現代音楽などの一部にこのペダルを使用し

なければ演奏できないものがあるそうです。ただこのペダルを使用すると古典物でも演奏がし易くなる曲が

あるそうです。私が聞いた話ですがベートーヴェンのピアノソナタ「ワルトシュタィン」の第二楽章の一部、

それにショパンの「前奏曲」の17曲目だそうです。ソステヌートペダルを踏んだ時にダンパーヘッドが上が

ったままになっている状態を(写真4)で示しましたのでご覧下さい。一般的にはこのペダル調整はアクション

を外した状態で良否を確認しながら調整が出来ますが、スタィンウェーピアノはソステヌートメカニックが

アクションに直接装着されております。この調整はアクションを出したり入れたりしながら調整しますので

なかなか面倒なものです。

 

          (写真4) ソステヌートメカニズム

アメリカピアノの擬似ソステヌートペダルについて

日本のアップライトピアノの三本ペダルの真中は公害防止用の弱音ペダルですがアメリカのアップライトピ

アノの三本ペダルの真中はちょっと機能が違います。擬似ソステヌートペダルとでも云ったら良いのでしょ

うか、このペダルを踏むと低音部のダンパーヘッドだけが総上げされます。実際の演奏上ではこの機能がつ

いていれば何ら演奏上問題がないと思います。アメリカ製のボールドウィンピアノの古い大型のものではア

ップライトピアノでありながら本格的なソステヌート機構がついております。このピアノのソステヌート機

構は大変うまく出来ており、ダンパーが弦から離れている時にダンパーレバーからにょっきり飛び出ている

スチール製のワイヤを紐で引っ掛ける構造をしております。

次回からは最も重要な打弦機構について述べていきたいと思います。

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