オーディオマニアの為のピアノ楽入門 その12

スタィンウェーピアノの音色の秘密

偉大なる発明「サウンドベル」について

 皆さんスタィンウェーピアノに装着されているサウンドベルと言うものをご存知ですか。写真1、および

写真2に示しましたサウンドベルと言う部品はスタィンウェーピアノにとってはなくてはならないものです。

これはグランドピアノの高音部の側板の下方に装着されています。このメカニズムは音を遠くまで飛ばすた

めのスタィンウェーの偉大なる発明、といっても過言ではありません。現在、私は1908年製のニューヨーク

スタィンウェーを修復中ですが100年も経とうとするピアノに現在とまったく同一の形状のサウンドベルが

装着されております。と言うよりも100年前のこの部品(振動の伝達機構)がそのまま現代のスタィンウェー

ピアノの音色作りに生きている、と言うことです。

 

             写真1 Sound Bell

 サウンドベルの弦振動の伝達機構は実にうまく出来ております。スタィンウェーピアノの設計思想を貫い

ているのは「弦振動をいかにロスなくすべての部分に振動を伝え、音波振動に変換するか」と言うことであ

ります。スタィンウェーピアノの内部構造を音響学的に分析すればするほどその徹底した追求がなされてい

る、と言うことが良くわかり、あまりの巧妙な伝達機構に唸らざるを得ません。この設計思想の追求の結果

の一つとして「サウンドベル」という魔法のような部品が百年以上も前に発明されました。サウンドベルの

構造をよく観察してみてください。

 

      写真2 Sound Bellが装着された Steinway Piano 1920年頃   

 この装着方法ですが、ピアノ上部の鉄骨とサウンドベルの付け根が響鳴板を貫き、下方まで伸びた太い鉄

棒(ボルト)によってしっかりと固定させてあります。こうすることにより、鉄骨に伝わった数万ヘルツまで

及ぶ高エネルギーの振動が側板(ケース)に伝わるようになっております。このメカニズムにより、スタィン

ウェーピアノから出てくる音波の質は他のメーカーにはないすばらしい響きを持っております。その音色は

がっちりとした芯があり、しかも遠くまで届きます。数万ヘルツまでもの倍音振動を空間に放出しますので

心地よい濃い芳醇な香りがホール空間に漂います。そのほかスタインウエー社の特許、デュプレックス・ス

ケールについては以前お話した通りです。

何故スタィンウェーピアノか

 せっかくスタィンウェーピアノの話が出ましたのでここで話が少し逸れますが「何故これほどにまでスタ

ィンウェーピアノが世界を席巻したか」と言うことについて考えてみましょう。

理由一

 近代から現代にかけ、音楽と商業が結びつき、次々と大ホールが建築されるようになりましたが、そんな

中でスタィンウェーピアノの音の設計思想が時代の要求にマッチしたため。

 スタィンウェーピアノは大ホールでフルオーケストラにも負けない響きと音量を持っており、一番後ろの

席で聴いていても難なくピアノの音が浮き出て聞こえてきます。スタィンウェーピアノがこれほど世界のホ

ールに納入されているのはスタィンウェーピアノにしかない音の響き、つまり「最低音部から最高音部まで

のダイナミックレンジが極めて大きく」しかも「音が遠くまで飛んで行く」ため大ホールにおけるフルオー

ケストラをバックに十分対応できる、と言うのが大きな理由の一つにあります。

理由二

 スタィンウェーピアノの音色は宝石で例えると「Fカラー、VVS1クラリティークラスのダイヤモンドの輝

き」「満点の星の輝き」とでも表現するのがもっとも相応しく、香りの種類がどうのこうの、と言うよりは

その音波の質に他のメーカーにはない特徴があります。その音の響きの特徴から、現代物の作品を演奏する

場合、スタィンウェーピアノの響きは他のメーカーを寄せ付けぬ表現力を持っております。言い換えればス

タィンウェーピアノはすべてのピアノ作品に対し難なくこなす事が出来る、つまりその音色と響きはローカ

ルな臭味を飛び越え、「インターナショナルで全世界の人々に受け入れられる音色を持っている」と言うこ

とです。

理由三

 全世界をスタィンウェーピアノが席巻した理由として、大きなな歴史的事実があります。これが最も大き

な理由と言っても過言ではないでしょう。スタィンウェー社はグロトリアン・スタィンヴェヒ社のスタィン

ヴェヒ一家の父親、次男、三男がアメリカに移住し、スタィンウェーアンドサンズというピアノメーカーを

設立したのが始まりです。長男はそのまま恋人がドイツに居たためグロトリアン社に残ったと言われており

ます。グロトリアン社とスタィンウェー社が親戚関係と言われる所以はここにあります。

 スタィンウェーピアノと言えば皆さんドイツのピアノと言うイメージをお持ちでしょうが実は「本社はニ

ューヨーク」にありニューヨーク工場とハンブルグ工場、二箇所でピアノを生産しております。ハンブルグ

スタィンウェーはあくまでもアメリカに本社を置くスタィンウェーアンドサンズ社のハンブルグ工場製とい

うことです。第二次世界大戦の時、連合国側は政策としてべヒシュタイン、ブリュッツナーなどのドイツの

世界的ピアノメーカーの工場を徹底的に破壊してしまいました。しかしスタィンウェーアンドサンズ社のハ

ンブルグ工場はアメリカに本社を置くドイツ、ハンブルグ工場、一部を除いて破壊を免れました。その結果

ドイツの世界的メーカー各社はピアノを何十年もの間生産する事が出来ませんでした。戦後、ピアノの需要

に答えるにはスタィンウェーアンドサンズ社のピアノしか世界に供給が出来ませんでした。その結果「戦後

の殆どのピアニストはスタィンウェーアンドサンズ社のピアノで育った」という事実があります。連合国側

の政策が現代に至るまでも知らず知らずのうちに浸透していると言うことです。もちろんスタィンウェーア

ンドサンズ社のピアノが世界的名器としての条件を総て備え持った素晴らしいピアノであった事も幸いしま

した。

理由四

 なぜ日本ではどこの地方のホールへ行ってもこれほどまでにスタィンウェーピアノ一辺倒なのでしょうか。

理由は簡単です。ピアノを選ぶとき、スタィンウェーピアノを設置しておけば後で問題が起きないから、と

言う理由から、それだけです。つまり「スタインウエーピアノは全国のホールに設置してあり、しかも世界

的名器と言われているから我が町のホールもそれに従って」ということ、ただそれだけの理由に他なりませ

ん。選ぶ側として「世界各国の名器に明るい音楽関係者を交えて真剣に検討する」という姿勢がまったく見

られません。調律技術者はピアノという楽器に極めて明るいにも拘らず、いつも蚊帳の外です。地方自治体

の各ホールのピアノ納入担当の人たちは私から言わせればピアノに関しては全くの無知です。その知識はお

寒い限りで一般的に無関心でしかも勉強不足です(勿論例外もありますが)。他のメーカーの音色を知ろうと

もせず、ましてメーカーの名前すら知りません。こんな人たちがホールを管理、運営している以上、日本は

真の文化国家にはなれないと思います。博物館に「学芸員」と云う資格を持った人々が常駐しているのと同

様、ホールに携わる人の国家試験「音楽ホール管理責任者」と言うものが今後絶対に必要だと思います。

 日本では殆どのホールがハンブルグ製スタィンウェーピアノとほんの少しのベーゼンドルファーピアノ、

その他は国産品で占められており、他のピアノメーカーが入る余地がありません。我々聴衆はお金を払って

いるにも拘らず「世界各国のピアノの音色を楽しむ」と言うことが殆ど出来ません。ピアニストはもっとも

っと気の毒です。自分の音楽を表現するときに自分でピアノの「メーカーを選ぶ選択肢が殆ど無い」と言う

ことです。曲によってはベーゼンドルファー、べヒシュタイン、グロトリアン、ブリュッツナー、スタイン

グレーバー、ボールドウィン、ファツィオリ、ペトロフ、メーソンアンドハムリン、クナーべなど、その他

まだまだ世界的名器が沢山ありますがそれらのピアノで演奏したほうが遥かに素晴らしい表現ができる場合

が多々あり、それぞれ捨てがたい素晴らしい個性をもつております。市営ホールに設置してあるピアノにも

っとバラエティーがあっても良いと思います。我々聴く側にとっては楽しみが倍増します。それが「真の音

楽文化」と言うものではないかと思いますが、、、。ドイツではそのピアノのメーカーが存在する都市には

必ずと言って良いほどそのメーカーのピアノが設置してあるホールがあり、聴衆は色々なメーカーのピアノ

の音色を楽しむことが出来ます。

Newyork Steinway VS Hamburg Steinway

 話は全く変わりますが、ピアノ好きの皆様ならばニューヨーク製スタインウエーとハンブルグ製スタイン

ウエーの違いについて大変興味がおありの事と思いますが、つい最近ハンブルグ工場の技術責任者から工場

見学の際に直接聞いた興味深いお話を致しましょう。

 ハンブルグ製とニューヨーク製は全く同じ部品で作られており、ハンブルグ製はニューヨークから木材を

はじめ各部品を取り寄せて同じ設計図面で作っているそうです。両者の大きな違いとしてはニューヨーク製

は木材の乾燥度が5%としているのに対し、ハンブルグ製は7%にしているそうです。世界各国からの需要が

多いハンブルグ製は「7%にしたほうが木材の狂いが少ない」からだそうです。言い換えれば、木材の乾燥度

を7%にする事によりピアノの安定度を高くしている、と言う事だそうです。ニューヨーク製はその点、需要

の多くが北アメリカに偏っているのでその気候に最も適したように調整してある、とのことです。

 このほかスタインウェー社のピアノには「トロピカル仕様」と言うものもあり、このピアノは熱帯、亜熱

帯地方で使用するのに適した設計がなされております。ちなみにトロピカル仕様のものを良く見ますと色々

なところに工夫がなされております。例えば白鍵は前後二本ずつの真鍮のピンが打ってあり、剥がれにくく

なっておりますし、各フェルト、クロス類は膠で木部に貼った後、木部に小さな孔を開け、糸でしっかりと

丁寧に縫ってあります。また響棒と駒が響板から剥がれないように多数のボルトで止めてあります。とにか

く大変手間の掛かる緻密な作りになっており、その心遣いに感心してしまいます。

次回は鍵盤の説明(鍵盤を止めている鍵盤枠を含む)を致します。

                                         その13